尾﨑野乃香さんは、様々な大会で優勝しているレスリング選手です。
小学2年生からレスリングをはじめ、文武両道を貫いてきた尾﨑野乃香さんですが、どのような学生時代を経てトップ選手になったのでしょうか。
尾﨑野乃香さんの生い立ちをまとめました。
尾﨑野乃香のプロフィール
名前 | 尾﨑 野乃香(おざき ののか) |
生年月日 | 2003年3月23日 |
年齢 | 21歳(2024年6月現在) |
血液型 | 非公開 |
身長 | 166cm |
出身 | 東京都 |
所属 | 慶應義塾大学 |
家族構成 | 父、母、本人 |
尾﨑野乃香さんは、3人家族でひとりっこです。
幼い頃から体を動かすことが好きだった尾﨑野乃香さんは、様々なスポーツに取り組んできました。
また、スポーツだけではなく勉強にも力を入れ、文武両道を貫いています。
名前の由来
尾﨑野乃香さんの名前は、お母さんが名付けたそうです。
3月23日、春に生まれたことから、「春のエネルギッシュな香りが広がるような、影響力がある人になってほしい」という想いが込められています。
尾﨑野乃香の生い立ち
尾﨑野乃香さんの生い立ちをまとめました。
幼少期
尾﨑野乃香さんは、興味があることはなんでもやりたい子どもだったそうで、幼稚園の頃から絵画教室や体操教室に通っていました。
物事に一生懸命取り組むのが得意で、一生懸命になれば成果が出るという体験をたくさんしてきたそうです。
それは、お母さんの教育方針でした。
お母さんは『成功体験をたくさんさせてあげた』と言っていますね。
引用元:web スポルティーバ
と、インタビューで尾﨑野乃香さんが話されています。
小学生時代
尾﨑野乃香さんは、小学校受験をして
成城学園初等学校
に通っていました。
成城学園初等学校は東京都世田谷区にある私立の小学校で、著名人や芸能人も数多く卒業しています。
小学生時代は、体操、水泳、テニス、ヒップホップダンスなどの習い事をしており、体を動かすことが好きな活発な子どもでした。
尾﨑野乃香さんは、アテネ・北京オリンピックで銅メダルを獲得した浜口京子さんをテレビで観て、小学2年生からレスリングをはじめています。
7歳の時、テレビでレスリング選手の浜口京子さんの試合を見て、「この競技、私もやってみたい!」と思ったのがレスリングとの出合いです。レスリングに魅了された私は、近くの格闘技ジムで開かれていたキッズレスリング教室に通い始めました。
引用元:慶應義塾大学SFC
そのレスリング教室は、シドニーオリンピックのレスリング代表で元格闘家の宮田和幸さんが主宰する、総合格闘技のジム「BRAVE」です。
東京都足立区内で配達されている「足立朝日」の2011年5月号に、BRAVEと当時小学3年生だった尾﨑野乃香さんの紹介が掲載されていました。
千住仲町在住の尾崎野々香ちゃん(小3)は、区外の小学校に通学するスポーツ少女。ヒップホップダンスやテニスなどいろいろやってきたが、「これが一番合っている」。
引用元:足立朝日
BRAVEで練習を重ね、小学5年生の時に出場した全国少年少女選手権大会では優勝を果たします。
翌年の6年生でも優勝し、2連覇を達成しました。
尾﨑野乃香さんは、2015年3月に放送されたテレビ番組『L4YOU!プラス』にて、小学6年生の時に「春休みSPスーパーキッズ」という特集で取り上げられています。
- 得意技は高速タックルで、男子と比べてもタックルのスピードは速い
- アンクルホールドという技も得意である
- 練習後帰宅するとすぐに習った技や気づいたことをノートに書き込む
- 地元の商店街でも有名
- 尾﨑野乃香さんの今の目標は、「明日の大会でひとつ上の階級の人と対戦して勝つ」こと
このような内容の特集でしたが、尾﨑野乃香さんが目標に掲げていた「明日の大会」、関東甲信越少年少女レスリング大会では、優勝を果たしています。
尾﨑野乃香さんは小学生の頃からレスリングで活躍し、テレビにも取上げられ注目されていたのですね!
中学時代
尾﨑野乃香さんは、内部進学で
成城学園中学校
に入学しました。
中学生になっても尾﨑野乃香さんの活躍は続きます。
中学1年生で出場した全国中学生選手権40kg級では2位を獲得しました。
翌年2年生の同大会では44kg級で優勝を果たし、3年生では52kg級で優勝します。
また3年生の時には、ジュニアクイーンズカップ中学生の部、全日本女子オープン選手権中学生の部、全国中学選抜選手権でも優勝しています。
レスリングだけではなく勉強にもしっかり取り組んでいた尾﨑野乃香さんは、成績も優秀で、
本当に練習の合間に勉強して、テスト期間中は勉強のほうで頑張っていたので、成績も悪くない感じでした。オール5? いやいや、ずっとオール5というわけではなく、(5段階評定で)4、5、4、5という感じのときもありました。
引用元:web スポルティーバ
と話されていました。
中学時代、安部学院高校に足繁く通って練習していましたが、そこでJOCエリートアカデミーの菅芳松監督に声をかけられます。
JOCエリートアカデミーとは、有望な小中学生を発掘し、将来オリンピックなどで活躍できるよう育成する、日本オリンピック委員会が設けた団体です。
所属すると、味の素ナショナルトレーニングセンターに併設された寮で生活しながら、学校とトレーニングに励むことになります。
味の素ナショナルトレーニングセンターが成城学園からは遠いため、大学まで内部進学できる成城学園高校へ行くのを辞め、違う高校に進学するかどうか悩まれたそうです。
成城を辞めるのは、もったいないと思いました。その頃は、将来は薬剤師になりたいと思っていましたから。
引用元:web スポルティーバ
と、当時の心境を明かされましたが、尾﨑野乃香さんはレスリングを優先するため、成城学園高校への内部進学を辞める決断をしました。
高校時代
尾﨑野乃香さんは、JOCエリートアカデミーに所属します。
それを機に、エリートアカデミーから近く、提携校である
帝京高等学校
に進学しました。
尾﨑野乃香さんは、寮生活に戸惑いながらもレスリングの練習に打ち込みます。
練習はきつく、ついていくのがやっとで、学校生活の方も大変だったそうです。
もう最初の頃は練習で疲れてしまい、勉強どころではなかったですね。そうなったら授業中に頑張るか、テスト前は勉強に集中するようにするなど、疎かにならないように努力していました。
引用元:web スポルティーバ
慣れ親しんだ成城学園から、新しい環境での学校とトレーニングと寮生活は、相当大変だったと思います。
それでも勉強を疎かにしない努力をされていたのは、すごいですよね!
厳しい練習の成果もあり、尾﨑野乃香さんは高校時代も様々な大会で活躍されます。
高校1年生で出場したジュニアクイーンズカップ カデットの部では、57kg級で優勝しました。
また、アジアカデット選手権、世界カデット選手権でも優勝しています。
ユースオリンピックでは、初戦は8-2からフォール勝ちをしますが、それ以降は全試合10-0のテクニカルフォール勝ちで優勝を果たしました。
高校2年生では、ジュニアクイーンズカップ カデットの部61kg級で優勝、2階級制覇します。
世界カデットに出場すると、全試合10-0のテクニカルフォール勝ちをして61kg級で優勝し、こちらも2階級制覇しました。
そして、クリッパン国際大会も優勝し、3連覇を達成します。
高校3年生では、全日本選手権に初出場し、62kg級で優勝しました。
大学時代
尾﨑野乃香さんは、大学はレスリングを優先した強豪校を選ばず、
慶應義塾大学 環境情報学部
に、AO入試で進学します。
私は高校でオール5の成績を収めるほど勉強が好きだったこともあり、進路に迷っていました。もちろん、オリンピックに出場したいという思いが一番にあったのですが、レスリングの道だけでなく、新しい世界を切り開きたいという気持ちも同時にあったからです。セカンドキャリアとして、レスリングの他にも情熱を持って取り組めることを探したい。
引用元:慶應義塾大学SFC
と、大学進学に際しての葛藤を明かされました。
また、
スポーツ専攻とか体育専門は私には合わない気がした
スポーツだけの人生になりたくない
と、環境情報学部に進学した理由を話されています。
ゼミではイスラーム文化についての研究をしているそうです。
慶應義塾大学のレスリング部は伝統はあるものの強豪とはいえず、尾﨑野乃香さんの練習相手になる男子選手もいないため、練習はほとんどが出稽古でした。
しかし尾﨑野乃香さんは、はじめから出稽古になる覚悟はしていたそうです。
結果さえ出せば代表に選ばれる競技です。だから大丈夫だと思っていました。
引用元:YAHOO!ニュース
そのことばの通り、尾﨑野乃香さんは結果を出し続けます。
大学1年生で出場した全日本選手権では、62kg級で優勝を果たします。
大学2年生では、全日本選抜選手権で、東京オリンピック金メダリストの川井友香子さんをおさえて優勝、2連覇を達成しています。
また、大学2年生の時には、1年で3つの世界チャンピオンになりました。
世界ジュニア選手権、世界選手権、U23世界選手権に優勝し、オリンピック以外の全ての世界大会を制覇しています
。
順調に勝ち進めていた尾﨑野乃香さんでしたが、大学2年生の12月に行われた全日本選手権の決勝で敗れ、大学3年生で出場した全日本選抜選手権でも3位となりました。
これにより、パリオリンピックへの出場は非常に厳しくなります。
考えていたより簡単ではありませんでした。強い大学に居れば練習環境、指導者、食事、すべてそろっている。私は毎日自分で練習場を探し、相手の監督さんに電話でお願いし、食事も自分で作ります。
引用元:YAHOO!ニュース
確かに、強豪校にいれば練習だけに専念できる環境が整っていますよね。
それに加えて大学での勉強もあり、オリンピックを目指すトップ選手にとって、この環境は相当厳しかったことがわかります。
尾﨑野乃香さんは大学3年生の夏に、山梨県にある韮崎工業高校の練習に参加しました。
韮崎工業高校はレスリングの強豪校で、東京オリンピック銀メダリストの文田健一郎さんのお父さんである文田敏郎さんが監督を務めています。
文田敏郎監督は、
強かった、野乃香の攻撃力は魅力的でした。でも防御がぎこちない。守りに入ると、高校生(男子)にも簡単にタックルを許す場面があった。ひたすら攻めて勝ってきたので、守る経験が少ないんだと思って私は守る技術を指導しました。
引用元:YAHOO!ニュース
と話されています。
そして、練習を終えた尾﨑野乃香さんは、
あそこまで相手の攻撃を切りきるディフェンスを繰り返し教えてもらうのは初めてでした。
引用元:YAHOO!ニュース
と話し、それから毎週土日に韮崎工業高校に通います。
大学3年生の9月に行われた世界選手権では65kg級で優勝し、昨年に続き2階級制覇を果たしました。
同大会で68kg級の石井亜海さんが敗れ、パリオリンピック代表に内定できなかったことから、尾﨑野乃香さんは今まで出場したことがなかった68kg級に挑戦することを決断します。
全日本選手権で68kg級に出場した尾﨑野乃香さんは見事優勝し、石井亜海さんとプレーオフにてパリオリンピック代表をかけた対戦をすることになりました。
2024年1月に行われたプレーオフでは、尾﨑野乃香さんが3ポイントを先取、終了10秒前に4ポイント取られて逆転されてしまいますが、すぐに2ポイント取り返して、5-4で尾﨑野乃香さんが勝ちます。
これにより、パリオリンピック68kg級代表の座を獲得しました。
大学4年生になると、68kg級でアジア選手権に出場し、優勝を果たします。
国際大会でははじめての68kg級でしたが、
パワーや体力は問題ありませんでした。パリでは優勝候補のトルコ、アメリカの選手と初めて対戦します。お互い初めてなら、相手の方がきっとやりにくい。
引用元:YAHOO!ニュース
と、パリオリンピックを見据えてコメントされました。
まとめ
今回は尾﨑野乃香さんについてまとめました。
- 小学2年生の時に浜口京子さんの試合を観て、レスリングをはじめる
- 中学時代から様々な大会で優勝する
- 中学生の時にJOCエリートアカデミーからスカウトされ、JOCエリートアカデミー11期生となる
- 練習と勉強を見事に両立し、成績はオール5だった
- 大学3年生の時に韮崎工業高校の文田敏郎監督と出会い、徹底的にディフェンスを教わる
- パリオリンピック68kg級代表に内定する
ということがわかりました。
尾﨑野乃香さんは、自分の決めた目標に向かって真っ直ぐに突き進むことができる方なのですね。
文武両道を貫くことで大変なことも多かったと思いますが、それでもがんばって前に進み続けてきた尾﨑野乃香さんは、レスリングだけではなく、人間として強い方なのだと感じました。
これからの尾﨑野乃香さんの活躍も、応援していきたいと思います!
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